【The 聖学院物語】 パンフレットには載っていない物語を掲載 ブログテーマ:学外活動
緊急支援物資を南三陸町へbyマーキュリー
[学外活動] 投稿日時:2011/08/01(月) 12:35
マーキュリーです!
今日は6月4日、5日に、皆さんからお預かりした募金を野菜・果物に変え宮城県南三陸町に届けてきた報告をします。
※の入った箇所は、6月時点での情報です。現在では、変更となった場合がありますので、最新の情報を参照するようにして下さい。
今回使わせて頂いた募金は、3月中旬から4月下旬まで大宮駅、宮原駅での募金です。この募金から、約24万円をグレープフルーツ、新じゃがいも、葱、玉葱、人参、キャベツに変えて送りました。(※)
6月4日に、大学で1.5トン平トラックと、大学のバンを使い約1.5トン強の野菜・果物を、さいたま北商工組合の方1人、聖学院大学職員1人、学生2人の計4人で輸送しました。
4日の夜には、東北に着いたのですが、受付時間上5日の朝という約束でしたので、その日はマーキュリーの親せき宅(岩手県一関市にあります)に泊まらせて頂き、5日の朝に時間通り届けさせて頂きました。
親せき宅では、大震災前日に小規模な地震があり、その時にやはり津波警報が出たということを、あまり知られていないこととして、教えてくださいました。その時の地震では、津波は来ず、次の日の大震災でも津波はそれほどではなく、来ても小規模の津波なのではないか、という考えがあったそうです。しかし、実際に来た津波は予想を遥かに超える規模の大津波で、逃げ遅れた方もいるんじゃないかということでした。
このような話は、一同初めて聞いた話でしたから、大変驚きました。
被災地では、私たちがメディアを通して目にする被災地とは全く異なるものだったのは、鮮明に覚えています。
道路は抉られ、ガードレールはむしり取られ、そこは畑だったのか家だったのか解らないありさまでした。山は塩水で木が枯れ、車が山にのめりこんでおり、ところどころに大きな水たまり。
しかし、不思議なことに人が住む匂いがするのです。
人が生活をしていた頃の匂いなのでしょうか。それが、目の前の光景とはあきらかに不自然であり、恐怖でした。

地面をみると小さな布袋が落ちていました。
最初何か分からずに見ていましたが、それはお手玉でした。
お手玉は穴があいており、中には、なにも入っていませんでした。
それを見て何か悲しくなりました。
ここは国道の真ん中、お手玉が落ちているにはあまりに不自然すぎる場所です。
そしてお手玉を見て思ったのは、この持ち主は生きているのだろうかという気持ちでした。

南三陸町では、緊急支援物資を「ベイサイドアリーナ」という場所に集めていました。(※)運ばれている物資で一番驚いたのは、新鮮な牛乳でした。これには、驚きました。私たちのように埼玉から運ぶにはまず無理ですから(久喜インターから一関インターまで6時間半もかかりましたから)、近隣の牧場などからの支援なのでしょうか。


無事私たちも、物資の輸送を完了し、石巻から仙台方面へ渡り帰路に着きました。
途中小学校の運動会にたまたま遭遇し、温かい気持ちになれたのを覚えています。
復旧が進んできている被災地ですが、未だに救援物資を必要としている市町村が多いのが事実です。また仮設住宅に入るにも必要となる物資は多いでしょう。私たち「学生有志」では、皆さんからお預かりした募金を、夏に向けた被災地のニーズに応えられるように、緊急支援物資に変えて、これからも被災地に輸送いたします。
山手線駒込駅での募金活動報告byマーキュリー
[学外活動] 投稿日時:2011/07/21(木) 02:48
こんにちは
マーキュリーです。
夏休みに入った高校生や中学生の方も多いと思います。
また夏休みを利用して被災地にボランティア活動を行いに行くという方も多いのではないでしょうか。
ここ四カ月「学生有志」として、被災地への救援物資輸送を目的とするボランティア活動を行ってきました。皆さんへの報告がなかなか出来ず、申し訳ありません。
前回の大宮駅・宮原駅での募金活動の報告の続きで、駒込駅での聖学院中学校・高等学校の学生と行った募金活動に関して、報告します。
4月25日26日28日の午後3時半から、山手線駒込駅で募金活動を行いました。
今回は、前回とは違い大学生だけでなく、高校生や中学生も加わっての募金活動でしたから緊張していました。
私は28日から海外ボランティアの用事で、タイ・マレーシアに行く予定でしたから28日は出ていませんが、かなり貴重な経験でした。
キャンパスが離れているために、聖学院大学の学生が、聖学院の中学校や高等学校の生徒とともに活動を行うというのは、学生生活でもなかなかできません。今回の活動で、聖学院の在校生同士、先輩後輩として、今後よい活動が出来たらと思っています。
当初なかなか集まってくれないのではと不安に思ったりもしたのですが、初日に十人と多くの生徒が集まってくださいました。
また二日目以降も、初日以上の生徒が集まって下さって、感謝しています。
今回緊急支援物資として送る品物を大きく変え「水・ガスコンロ・ガスボンベ」から「新鮮な野菜、果物」(※)としました。
高校生・中学生たちが、大きな声を出して頑張ってくださり、大学生もそれに負けじと頑張りました。
一般の方からご指摘をいただく場面もありました。
それは大宮駅や宮原駅での募金活動ではなかった「騒音」の問題だったので、正直戸惑いました。
確かに募金活動というのは声に出して(場合によっては大声で)行うボランティア活動です。人によっては、その声が騒音に聞こえてもおかしくはありません。
私たちも活動を行う前に事前に活動内容を近隣住民の方に説明すればよかったのですから、今後の活動によい教訓となりました。
三日間での総額は128,358円でした。
皆さんのご協力なくしては、このような結果はでなかったでしょう。
有難うございました。
次回は7月4日5日に行った南三陸町への救援物資輸送の報告をさせて頂きます。
※「新鮮な野菜・果物」はその時点での必要物資です。現在被災地のニーズは以前と大きく変わってきています。詳しくは、被災地の役所のホームページなどで公表している情報をご参照ください。
募金活動 byマーキュリー
[学外活動] 投稿日時:2011/05/16(月) 15:00
こんにちは
マーキュリーです。
前回東日本大震災による募金活動のお話をしました。
今日はもっと詳しくこの話題にふれてみようと思います。
私たち学生有志が発足したのは、政治経済学科の学生が募金を行いたいということが始まりでした。この学生は実家が、宮城県仙台市で自分が住む故郷のことを思ってのことでした。
私たち東南アジアボランティア部Rungにも、福島や宮城から上京している学生が多く、地震直後から、自分たちの出来ることを探している状況でした。
そこに学友会総務委員会も加わり、大宮駅と宮原駅で三月中旬に行い始めました。週三回のペースで、募金箱を持ち、街頭募金を行っている姿を目撃した学生や、新入生も多いはずです。
募金の目的は、自分たちの行動で、自分たちの手で被災地復興に協力するというものです。
宮城、岩手を中心とする被災地のニーズに出来るだけ答え、品物を送り支援するという活動を行いました。
街頭募金を行うと、同じ気持ちをもった方々が、多く様々な団体が募金活動を行っていました。私は高校時代に街頭募金を行ったことがあるのですが、ひどい団体だと相手を敵視する団体もあるものです。
しかし今回は違いました、様々な団体が協力し、意見交換や差し入れなどをしてくださり、皆で一丸となってこの状況を何とかしようという思いがあふれていました。
また通行中の方々からも「がんばれ」といった声以外にも、東北の状況を教えてくださる方、この活動で使っていた立て看板をもっとこのように工夫してみればなど、アイディアを下さる方が多くいらっしゃり、学生の励みになりました。
もちろん私たちには、辛い意見も多くありました。
「福島に学費を使って行ってこい!」
このような意見をおっしゃってくださったおじさんがいます。
そのとき私たちは正直へこみました。確かに募金活動ではなく自分たちの手で被災地に行くほうが、いいのかと。
しかし、おじさんはそのあと飲み物を差し入れてくれ、
「さきほどはすまなかった。君たちが何を考え募金を行い、この活動が君たちや被災者のためになっているのか知りたかった。だから自分たちの学費を使い被災者とかかわりをもったほうがいいんじゃないかと思い、あの発言をしてしまった」とおっしゃっていました。
そのあと私はおじさんにもっと詳しく話をして、よく理解してくださり、募金にもご協力いただけました。
この活動は四月の中旬まで続けられ、55万円近くのお金を募金して頂きました。
募金は被災地のニーズに合わせて様々な品物に変えて被災地に輸送いたします。
学生有志では、四月の終わりに駒込にある聖学院高等学校の学生とともに、駒込駅前でも募金を行っています。
今後聖学院高等学校や女子聖学院高等学校とも協力し、駒込駅前での募金活動を含めた様々なボランティア活動を行う予定です。
みなさんのご協力よろしくお願いします。
寿町ボランティア(後編) by Mチャリ
[学外活動] 投稿日時:2009/01/03(土) 20:10
Mチャリです。
前回の続きです。
元旦から2日にかけて横浜の寿町でのボランティアの様子をお伝えします。
どんなボランティアかというと・・・。
町にいる人達に食事を作って提供する「炊き出し」と、
路上で生活することを余儀なくされている人たちを支援する「夜のパトロール」が主な活動です。
「炊き出し」の様子は、文章よりも写真の方が分かりやすいかなと思うので・・・。
この日はカレー味の雑炊を作りました。

すごい量のキャベツです。
他には、お肉、ジャガイモ、ネギ、大根、にんじん・・・。野菜たっぷり、10種類以上入っています。
とにかく、切る、切る、切る・・・
デザートにはりんご。これも、皮をむいて、切る
煮込んでます。当日はこれを3回繰り返しました。
なので、全体としては9釜の分量です。
なんだか給食室みたいですね。
午後4時から配食が始まりました。早い人は1時間半前から並んでいました。
5時過ぎにはなくなり、片付けが始まります。ふーっ
一方「夜のパトロール」ですが・・・。
経済的な理由などから、ドヤにも住めずに路上で生活することを余儀なくされている人もいます。
そんな人達の健康のことや生活のことを聞いてあげたり、必要な人には毛布やスープを渡したりします。
20代から30代の若い人たちも増えてきている気がします。
ボランティアといっても励まし、支えあうことしかできないのだけど、
そんな小さなこと一つ一つの積み重ねが大切なのだと思っています。
それに自分にとっては、ここに来るといつもいろいろな事に気付かされます。
経済学観点から派遣切りや雇用問題を考えてみたり。
社会福祉の観点からどの様なアプローチが求められるのか。
欧米など海外と比較して日本の状況はどうなのか。
学びは机に座ってだけでするものではないことを、思い知らされます。
大学時代にいろいろな事を、じっくりと考えて、取り組んでみるのもいいと思いますよ。 
それじゃ、また~。
寿町ボランティア(前編) by Mチャリ
[学外活動] 投稿日時:2009/01/03(土) 19:16
明けましておめでとうございます。
Mチャリです。
元旦から2日にかけて、横浜の寿町というところでボランティアに参加してきました。
世界的な景気減速を受けて、日本でも自動車メーカーなどを中心に数百人から数千人の規模で非正規労働者の解雇や「派遣切り」が相次いでいるといったニュースを聞いたことがあるのではないかと思います。
年末から日比谷公園で「派遣村」という形で支援活動が行われていますよね。
Mチャリが行って来た横浜の寿町というところも、そういうところなのです。
場所は横浜中華街の近く(JR石川町の駅から中華街と反対方向に進んでいったところ)にあります。
そこは日雇労働者が宿泊するためのドヤという簡易宿泊所(1ルームの部屋で3畳一間にテレビとエアコンと布団があるだけの部屋です)が、100軒以上立ち並ぶ貧困の街として知られています。
町の多くの人はそのドヤで生活をしています。
また、その町にある労働センター(簡単に言うとハローワーク)ないしは町全体を総称して“寄せ場”とも言ったりします。
寿町は東京の山谷 、大阪の釜ヶ崎と並び三大“寄せ場”の一つと言われているところなのです。
それで・・・。
どんなボランティアなのかって。
長くなりそうなので・・・それは次回に
。

今年もよろしく~。
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